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大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)987号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 大栄興業株式会社

右代表者代表取締役 坂井又太郎

右訴訟代理人弁護士 木下清一郎

同 福岡彰郎

同 市原邦夫

同 岡本生子

同 阿部甚吉

同 滝井繁男

同 伊達利知

同 川島武宜

同 溝呂木商太郎

同 大野正男

被控訴人(附帯控訴人) 吉本五郎衛門

右訴訟代理人弁護士 馬瀬文夫

同 和田誠一

同 林藤之輔

同 中山晴久

主文

一、本件控訴を棄却する。

二、附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

(1)  控訴人は被控訴人に対し、原判決添付第一表記載の各建物(所在位置は同表添付の図面参照)を収去して大阪市北区梅田三番地、宅地、二、一一六坪三合九勺を明渡し、かつ昭和二九年一一月一四日以降右明渡済みに至るまで別紙第九表記載の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟色費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

(3)  この判決は金銭給付の部分に限り被控訴人が一億円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人と略称)人代理人は、

原判決を取消す、

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、

附帯控訴を棄却する、

との判決を求め、

被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人と略称)代理人は、

主文第一項、第二項の(1)、(2)と同旨の判決を求めた。

(被控訴人の主張)

一、本件宅地賃貸借契約の成立≪省略≫

二、控訴人の債務不履行(地代不払)に因る契約解除

(一)、(二)≪省略≫

(三)  被控訴人の滞納地代支払の催告及び条件付契約解除の意思表示

被控訴人は、昭和二九年一一月六日内容証明郵便で控訴人に対し、前記調停中に意見の一致をみた地代額に基いて算出した同年一〇月末日までの滞納地代金二二、六四二、七八一円を七日以内に支払うことの催告と、右期間内に支払がないことを停止条件とする本件宅地賃貸借契約解除の意思表示をなし、右郵便は即日控訴人に到達した。これに対し、控訴人は右催告を無視し期間を徒過した。従って、本件宅地の賃貸借契約は右催告期間の満了する同年同月一三日の経過とともに解除された。

(四)  ≪省略≫

三、控訴人の無断転貸による解除≪省略≫

四、控訴人の建物収去土地明渡義務

控訴人は、本件土地賃貸借契約が解除されたにかかわらず現に本件宅地を占有し、同地上に原判決添付別紙第一表記載の建物を所有しているので、原状回復義務の履行として、被控訴人に対し、これらの建物を収去して本件宅地を明渡す義務がある。よって、右建物の収去並びに本件宅地の明渡を求める。

五、控訴人の不当利得返還義務等

控訴人は、昭和二九年一一月一四日以降本件宅地の明渡済みに至るまで、法律上の原因なくして被控訴人の財産により、別紙第九表記載のとおりの本件宅地の地代相当の利益を受け、これがため被控訴人は右同額の損失を受けたことになり、その利益は現存する。しかも控訴人は悪意の受益者であるから、その受けた利益、すなわち右同額の金員(及びこれに対する年五分の割合の利息)を被控訴人に支払う義務がある。予備的に、被控訴人は、控訴人の賃貸借契約解除に伴う原状回復、及び賃借物返還債務の不履行によって、前記同額の損害を受けたから、これが賠償を求める。

(控訴人の主張)

一、≪省略≫

二、被控訴人主張二の事実(控訴人の債務不履行に因る契約解除)について

(一)~(三)≪省略≫

(四) 停止条件付契約解除の無効事由

1 被控訴人の契約解除の意思表示は、その前提要件たる地代支払の催告が左記の理由により無効である故、無効である。

(イ) 右催告は所謂合意による確定地代債権金二二、六四二、七八一円の存在を前提とするものであるところ、この主張は別件地代支払請求訴訟において否定され、被控訴人も当審で右主張を撤回した以上この確定債権の存在を前提とする本催告は、前提要件を欠き無効である。

(ロ) 被控訴人の催告は被控訴人の原審で予備的に追加された黙示ないし明示の増額の意思表示による地代額の催告としても無効である。

前述の如く、被控訴人の増額の意思表示による値上地代額は、昭和三二年九月一八日の口頭弁論期日において初めて提示されたものである。このように訴訟進行中において単に訴訟上の技術として突如としてなされた申立により、それより三年有余も以前に為された催告がその後の増額の意思表示に基く値上地代債権についての具体的催告として転換的効力を有するということはあり得ない。

(ハ) 催告は相手方に対し、一定の行為をなすべき義務あることを明らかにし、履行の請求をするものである。本件のように賃料の増額を主張し、増額賃料の支払を請求する場合においては、いつ、どのような理由で増額された賃料を請求するのかということをも相手方において理解しうるものでなければならない。催告はその点を明らかにし、少なくとも債権者がどういう根拠に基づいてどういう請求をしているかを理解させるものでなければならない。ところが本件催告には賃料増額請求権行使の時期、内容(本件土地は地代家賃統制令適用地と適用除外地とがあり、当然その賃料は異ならねばならないのにその点一坪に何円と表示するにとどまりなんらの説明もない)について賃借人がその趣旨を理解しうる記載がなされていない。この様に催告にかかる債務の発生の原因および内容が債務者たる賃借人に明らかでない以上、債務者としてはこれに応ずる義務があるか否かについて判断しえないわけであり、したがってかかる催告は催告としての機能を果しえず、催告としての法的な効力を持ちえない。

(ニ) 尚この催告においての合意地代の成否は別として、昭和二五年八月分から同二九年一〇月分まで五一ヶ月分の値上地代を全部一時に且七日以内に支払催告することは、著しく信義則に反し無効である。

即ち控訴人が被控訴人に対して地代を支払う資金は控訴人が賃貸している一三〇余戸の家賃に依存するものであるところ、この家賃は、地代値上の際、被控訴人、控訴人間のその値上額の協定をまって、その協定地代を基準として百余人の借家人との間に家賃の値上につき折衝し、その確定によりはじめて収め得るものであり、しかも被控訴人、控訴人間の調停が前後五八回約三年間の歳月を要したのは、被控訴人が値上請求を次々になし順次その折衝が行われたからであり、その値上協定成立の時期的ずれから長期間に亘る値上額の全額を控訴人が借家人から一時に支払を求め、且受領することは事実上不可能であり、当然相当期間の分割払を容認せざるを得ない事情にあり、控訴人は、前に詳述したように、本件宅地を不法占拠から防衛するために本件宅地を賃借、管理すべく設立された会社であり、恰も被控訴人のための地代取立会社のような性格を有するもので、資本金も僅かに一九五、〇〇〇円に過ぎず、五一ヶ月分もの莫大なる値上地代全額を一時に立替える資力はない。

被控訴人は控訴人の怠慢により家賃収入が確保されなかったと主張するが、地代紛争の発生により借家人の殆んどがその交渉の経過を傍観する態度に出て、控訴人側に協力しなかった事実を無視するものである。

被控訴人はかかる事情をすべて知悉しながら、これを無視して全額一時払を強要することは、信義誠実の原則に悖る不法の催告であり、又七日の期間は短期に失し不法である。

(ホ) 被控訴人の催告は過大催告として無効である。

即ち黙示若しくは明示の地代値上が認められるとしても、その金額は被控訴人の最終主張の数額ではなく、少くとも道路敷地については統制地代相当額まで減額さるべきものであり、少な目に見積っても二〇〇万乃至六〇〇万の過大催告となること明らかである(原審の控訴人の第九準備書面第三参照)。又右過大部分は、総催告金額との比率においても相当大巾なものであるが、特にその数額の面において、多額なることに注目されたい。

2 ≪省略≫

(1) そこで本件宅地の賃貸借契約成立のいきさつを述べる。

控訴人、被控訴人間の本件宅地の賃貸借契約は昭和二一年一月二九日付で被控訴人と訴外松室間に結ばれた「基本契約」(甲第一号証)にその源を発する。右基本契約の要点は次のとおりである。

(イ) 被控訴人と訴外松室とはこの契約によって「民法六六七条ニ定ムル組合ヲ設立」した(基本契約一条本文)。

(ロ) この契約の目的は本件宅地上に「梅田吉本本通ヲ建設経営スル」ことにある(同一条)。

(ハ) 「本組合ハ(右の)目的ヲ達スルタメ(本件宅地)ヲ賃借スルモノト」し、その「土地賃貸借ノ条件其ノ他ハ別ニ定ム」ることとした(同二条)。

(ニ) 組合への出資として被控訴人が一万円、訴外松室が一九万円の金銭出資義務を負い(同三条)、組合の損益分配はこの割合によるものとする(同五条)。

(ホ) 「本組合ハ其ノ義務ノ履行ヲ乙(訴外松室)ニ委任ス」る(同四条本文)。すなわち、訴外松室が業務執行組合員(民法六七〇条)となる。しかし

組合業務の「企画運営ニ付テハ乙(訴外松室)ト甲(被控訴人)ト協議シ、常ニ円満ナル事業ノ遂行ヲ図ルモノトス」る(同四条但書)。

(ヘ) 組合の存続期間は、組合設立の日より満三ヶ年とし、協議によりこれを延長しうるものとする(同六条)。

(ト) この組合契約は「暫定的ノ措置」であって、昭和二一年三月末日までに乙(訴外松室)を社長とする新しい「住宅株式会社」を組織し、その会社が「本組合ノ契約ヲ全部承継スルモノトス」る(同一〇条)。

控訴会社はまさにこの趣旨に基づいて設立されたものである。

≪以下事実省略≫

理由

一、被控訴人主張一の事実中、組合との賃貸借条件のうち、被控訴人において高層ビル建設着手のときはいつでも地上建物を収去して明渡すとの点、現在本件宅地上にある建物の構造の点を除くその余の事実ならびに昭和二五年八月地代家賃統制令の改正に伴う地代値上に関し、当事者間で話合がつかず、控訴人よりの申立により、大阪簡易裁判所に調停が係属したが、昭和二九年一〇月一八日不調に終ったこと、被控訴人より控訴人に宛て昭和二九年一一月六日付内容証明郵便で被控訴人主張のごとき内容の延滞地代支払の催告と催告期間内に支払わないときは賃貸借契約を解除する旨の意思表示がなされ、右郵便は即日控訴人に到達したが、控訴人は右期間内に催告にかかる地代を支払わなかったことは当事者間に争いがない。

二、控訴人は、右催告は無効であるとして前記控訴人の主張二の(四)の1の(イ)ないし(ホ)のとおり主張する。

しかし催告はいかなる債務についていかなる履行を請求するのかが明らかにされておれば足りるのであって、≪証拠省略≫によれば、控訴人に賃貸中の本件宅地について、昭和二五年八月一日より、昭和二九年一〇月末日までの地代中内入弁済のあった金額を差引いた残二二、六四二、七八一円一二銭の支払を求める旨記載され、なお値上りになった年月毎の坪当りの地代額も記載されており、催告の内容としてはこれで十分であって、確定合意によった地代か、増額の意思表示によって値上げされた地代か、いかなる計算根拠によってそういう金額になったかは記載する要はないと解する。

被控訴人、控訴人間の別訴地代請求事件が控訴、上告を経て、上告棄却により控訴審判決が確定したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、右判決は本件宅地の地代は月単位の定めであるところ、昭和二五年八月一日より昭和二九年一一月一三日まのでの地代合計三一、三三五、二〇五円より支払済みの九、三七〇、〇〇〇円を控除した残額二一、九六五、二〇五円とこれに対する遅延損害金の支払を控訴人に命じたものであることが認められ、右地代の合計金額の各月別の内訳は右判決主文には記載されていないけれども、同判決四三丁終から四行目以下同丁裏二枚目までに記載されている計算方法によって算出すると昭和二九年一一月一日より同年同月一三日までの一三日分の地代は四五五、〇八一円であり、したがって昭和二五年八月一日より同二九年一〇月末日までの地代の未払残は二一、五一〇、一二四円となる。

(算式)

(¥429×1,017.84坪)+(¥558.51×1,098.55坪)×13日/30日=¥455.081

¥21.965.205-¥455.081=¥21.510.124

右地代請求事件の訴訟物は前記のとおり昭和二五年八月一日より同二九年一一月一三日までの間月単位で定められた地代債権の存否であり、したがって主文に示された右期間の地代残債権は総計二一、九六五、二〇五円であること、主文には右総額の各月別内訳は記載されていないけれども右各月別の地代債権が理由中で示されている計算方法によって算出された金額であることについては(その地代額が確定合意に基づくものか、増額の意思表示により増額されたものか、私道部分に地代家賃統制令の適用があるかどうか等の点の判断は別として)右判決の既判力の効果として当事者はその後の訴訟でこれと異なる主張をすることはできず、裁判所もまたこれと異なる判断をすることはできないものというべきである。

したがって被控訴人が昭和二九年一一月六日付内容証明郵便で支払を請求した、昭和二五年八月一日より同二九年一〇月末日までの間の地代残額は、前記のとおり二二、六四二、七八一円一二銭であるから、一、一三二、六五七円一二銭多過ぎたわけであるが、超過の度合は五・二%に過ぎないから、この程度の過大催告は未だ無効とすべき場合に当らない。

(催告の七日という期間は短きに失するとの主張に対する判断は次項に記載する判断の中で一括して記す)

三、控訴人は本件賃貸借締結の経緯、調停の経過等から言って控訴人には未だ賃貸借契約の継続を困難ならしめる様な不信行為はないと主張するので、以下契約締結のいきさつ、調停の経過につき検討する。

≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。

本件宅地を含む一帯約一万坪は昭和一一年より高層建築敷地造成を目的とした大阪駅前土地区画整理事業が行われ、地上建物を全部撤去して空地にし、道路をつけて昭和一五年に右事業は完成したが、戦争の進展に伴い鉄材の使用制限のため予定どおり高層建築ができず、空地のまま終戦を迎えた。その間大阪市は駅前をきれいに保つために各地主の了解をえて芝生を植え、市の公園課が管理して来たが、終戦後は本件宅地の東方の土地には闇市ができ、第三国人を含んだ闇商人による土地の不法占拠は漸次西の方、本件宅地に及んで来そうな形勢にあった。昭和二〇年一〇月頃復員して来た被控訴人は、前記区画整理完了後の本件宅地はビル以外の建築はしてはいけないというので空地のままで、右宅地による収入はない状態であったので、ビル建築可能な状態になるまで闇市の侵入を防いで本件宅地を温存し、合せて収益をはかるにはどうしたらよいかを母とも相談のうえ、母の親戚の紹介で同年末大河内茂と会い、母から前記考えを述べて相談した。大河内は当時大阪衣糧産業株式会社(昭和二一年五月二七日商号を大栄産業株式会社と変更、以下単に変更前の同会社を大阪衣糧と略称)の代表取締役をしていた松室馨に「家でも建てて貰って第三者の不法占拠を防ぐよりしようがないと思うが、君なら家を建てる木材等の材料を持っているからやってくれないか」と相談をもちかけ、昭和二一年同人を被控訴人に紹介し、両者は会談した。その結果被控訴人は右松室に対し本件宅地を賃貸して地代収入をえ、同人は地上に貸家を建てて貸家経営をすることにより本件宅地を第三者が不法占拠するのを防ごうという方針がきまった。大河内がその関係を文書にまとめ、両者署名捺印して昭和二一年一月二九日付基本契約書(甲第一号証)なるものができた。右契約書には控訴人主張二の(四)の2の(1)に記載のごとき内容のことが書かれている。松室は自分が代表取締役をしている大阪衣糧で皆の者と相談したが、右基本契約書に書かれている二〇万円の出資金では何もできないので、大阪衣糧が直接右事業をやろうと考えたが、独禁法等の関係でできないので、右事業に当るものとして同年三月一日吉本復興建設株式会社を設立すべくその定款を作った。発起人の内には被控訴人、その弟も名を連ねているが、引受株の払込は大阪衣糧が一括して払い込んだ。右事業の第一着手として同年三月一一日一晩の内に本件宅地の周囲に板塀を張り囲らして闇市の進出による土地の不法占拠を防ぎ、住宅営団と契約してその内側に第一次分七八戸の住宅を建設した。右板塀設置の費用や住宅営団に支払った費用(一、二四一、六〇〇円)はすべて大阪衣糧が支出した。右吉本復興建設株式会社(控訴会社の前商号)は同年七月一日設立の登記をし、本件土地の賃借人の地位を承継した。右会社の名前に「吉本」という字を冠したのは、被控訴人は戦前本件宅地に多数の借家を持っていた関係上、でき上った住宅会社が吉本と全然無関係のもので、吉本が土地を失った、という印象を外部に与えたくないという被控訴人の懇請によったのである。被控訴人と弟二人は控訴会社の株主となっており、また被控訴人は取締役として昭和二七年ごろまでの控訴会社株主総会議事録(≪証拠の標示略―以下同じ≫)に署名捺印してはいるが、前記のとおり引受株の払込は全部大阪衣糧がしており、株主といい、取締役というも殆ど形式だけのものに近かった。株主総会といっても名義借用に対するお礼の意味ですき焼きをつついて歓談することが主で、質問とか説明、報告というものはなかった。

松室が前記のとおり大河内の紹介で被控訴人と会談し、右事業を引受けるに至ったについては、当時松室は三四、五才で血の気の多い時であったので、第三国人に大阪駅前が不法占拠されそうになっていることを聞いて、被控訴人を助けるという気持よりも、第三国人に不法占拠されるのを見ておれないという、いわば敵がい心の様な気持から引受けた。

前記のとおり大阪衣糧は周囲の板塀と第一次の住宅建設だけで一五〇万円位の、当時としては巨額の費用を支出したが、一方被控訴人は大阪駅前の二、〇〇〇坪余の広大な空地を貸すのに権利金も敷金も全然とっていない。

控訴会社はその後本件宅地内の建築戸数を殖やし、原判決添付第一表記載の戸数となった(建物の現構造については争いがあるが、弁論の全趣旨によれば建物の同一性はあるものと認める)。本件宅地の地代は当初の坪一五円より昭和二四年六月以降二五円〇一銭となった。被控訴人は昭和二五年七月ごろ新聞で地代家賃統制令が同年八月より改正になることを知り、元吉本家の番頭であって、当時控訴会社の取締役をしていた青木茂雄に八月より適正な地代に増額することを申入れた。控訴会社としてもいずれ値上げになることを予想し、従来一ヶ月分の地代三一、七四五円八五銭であったのを同年八月と九月はとりあえず六万円ずつ支払った。同年一〇月被控訴人は右青木に八月から坪当り二〇〇円に値上げしたい旨申入れたところ、従来の地代と比べると約八倍になるので、同人はびっくりして、以後は被控訴人が同人と道で会っても顔を横に向けて行き過ぎる様な態度になった。控訴会社は同年一〇月分以降は地代を全然支払わないので、被控訴人は昭和二六年一一月五日付内容証明郵便で「昭和二五年八月より昭和二六年九月分までの未納地代五、八〇五、八九二円を支払う」様催告したところ、控訴会社より同年同月二六日大阪簡易裁判所に右地代に関し、調停の申立がなされた。調停の始めの数回の期日は、前記のとおり控訴会社における株主、取締役の地位は形式だけで実を伴わないものであったので、株式、役員の問題で話がつけば、地代の問題は簡単に話がつくのではないかというので、そういう問題について話合が進められたが、簡単に解決しそうでないので、その問題は調停外ですることとして、昭和二七年四月二三日の調停期日から、地代についての話合に入った。調停を進める順序としてまず地代の額について話合い、それがまとまってから支払方法について話合うということで進行することとなった。地代をきめるに当って、地代家賃統制令の適用を受ける土地と受けない土地の範囲が問題となり、控訴会社側の提出した資料を本にして、調停委員の提案により、適用地四割、適用除外地六割とみなすことで双方諒解した。原判決添付第二表記載のとおり第一期ないし第五期の地代が同表最下段の「合意成立の日」と記載してある日の調停期日に順次決められて行った。控訴会社は本件宅地上の借家より上がる家賃が主な収入なので、地代が値上げになれば、その地代を払ってなお貸家営業が成立つ程に度に家賃を値上げしなければならず、昭和二八年三月に昭和二五年八月より同二八年三月までの第一期、第二、第三期の各地代が決まったのでそのころより、借家人の代表約一〇名位と値上げの交渉を始めたが、借家一〇〇軒以上で、中には値上り分は五年ないし一〇年の年賦にしてほしいという者もいてなかなか話がまとまりにくかったが、同年八月には第一、第二、第三期の家賃が決まり追加家賃を徴収し始めた。一方被控訴人の方は昭和二五年一〇月以降控訴会社より地代の支払がないため固定資産税が払えない状態になっていたので、昭和二八年一月の調停期日に公定地代相当分は即時支払う様要望した。同年三月二五日の調停期日に第一、第二、第三期の地代の合意が成立した時右三期分の総計が概算一、三五〇万円になるので、その内の公定地代相当分の支払が即時受けられないなら、その余の部分の支払猶予には応ぜられないと主張した。同年五月七日の期日に控訴会社が家賃値上げ未了を理由に延期を求めたのに対し、被控訴人は既に徴収した家賃を地代の内金として一時払を要求した結果、結局同年五月二六日の期日に未払地代の内金として七〇〇万円を同年七月三一日限り支払うことを約し、その旨を認めた差入証書を被控訴人に渡した。ところが七月末になって右金額の工面ができなくなったので、同年七月三〇日の期日に被控訴人側の要求により右金員の支払に関し、執行力をもつ調停調書を作ることとなり、

控訴会社は本件宅地の昭和二五年八月一日以降同二八年三月末までの延滞賃料中七〇〇万円を同二八年八月三一日限り被控訴人方住所に持参または送金して支払うこと、

もし右期日に遅滞した時は日歩四銭の割合による遅延損害金を支払うこと、

を内容とする中間調停調書が作成された。しかし約定の八月三一日には内五〇〇万円しか支払われず、原判決添付第六表記載の三、四、五、六に記載のとおり、同年末までかかって計七〇〇万円支払われたが、約束の遅延損害金は支払われなかった。

その後昭和二九年二月二七日の期日に第四期の地代が、同年六月一六日の期日に第五期の地代が妥結し、その際控訴会社より第一、二期の地代は三年払、第三、四、五期の地代は一年払いという案が出された。これを金額にすると第一年目毎月八〇万円、第二年目、第三年目は毎月四〇万円という案であった(≪証拠省略≫控訴人が当審で主張する様に第一年目毎月二七〇万円、第二、三年目は毎月一一〇万円という様な数字が示されたという証拠はない)。その後同年一〇月一八日まで期日は六回開かれたが、当時被控訴人の固定資産税と延滞金と合せて一、三〇〇万円位と外に富裕税百二、三〇万円が滞納になっており、市役所と折衝したが、延滞金免除の見込みがなくなった。当時被控訴人としては滞納税金をいかにして納めるかがさし迫った問題であった。被控訴人は控訴会社に対し、滞納地代の即時払またはこれに準ずる支払方法を求め、本件宅地上の家屋が五、〇〇〇万円以上の値打ちがあるのに、これを運用しないで、家賃が入らないから地代が払えないというのはおかしいではないかと言ったが、控訴会社側から、右家屋を担保に融資を受けてまとまった金額を支払うという案は出て来ず、先に示した一年ないし三年の分割払の案以上には出なかった。同年月三月ごろより被控訴人は控訴会社に対し、固定資産税の延滞金を負担して呉れる様要求していたが、控訴会社が調べたところ二〇〇万円余であったので、その半分の一〇〇万円を負担するという案にとどまった。

以上の様な経過のもとに被控訴人としてはこの際調停を打切ることによって控訴会社がもっと真剣に考えてくれるのではないか、控訴会社は絶えず借家人が協力してくれないことを強調していたが、調停を打切ることによって借家人の方も考を新にするのではないか、また一つには固定資産税の滞納につき本件宅地を、場合によっては他の不動産をも差押えて競売するとまで言って厳しい督促をしている市役所に対して認識を新にして貰うことができるのではないかと考え、同年一〇月一八日の期日に調停の打切りを求め、同日右調停は不調で終了した。

ところで控訴会社は原判決添付第六表記載のとおり、昭和二八年四月七日より昭和二九年二月五日までの一年間を単位に計算すると合計八二五万円支払っており(右一年の期日を超えて昭和二九年四月八日の一〇〇万円の支払を加えると計九二五万円になるのであるが)、その間の昭和二八年四月一日より昭和二九年三月三一日までの一年間の家賃収入は一一、二六一、五三〇円で、この一年間だけをとると家賃収入の七三%を地代に支払っている計算にはなるが、一方控訴会社は本件宅地上の建物を担保に銀行より、昭和二八年九月以降調停不調になった昭和二九年一〇月一八日までの間に次の様な融資を受けている。

抵当権設定登記日 債権額   債権者       債務者

(1)  昭和28・9・4 九五〇万円 日本開発銀行   日本興業株式会社

(2)  〃28・12・25  五〇〇万円 株式会社神戸銀行  〃

(3)  〃29・2・9  四〇〇万円 〃         〃

(4)  〃29・5・4  二一五万円 〃         〃

(5)  〃29・6・8  二三五万円 〃         〃

(6)  〃29・9・1  二五〇万円 〃         〃

但し(2)ないし(6)は根抵当権、したがって債権額欄の金額は債権極度額である。

右の内(1)の九五〇万円の内五〇〇万円は原判決添付第六表の三に記載の被控訴人への地代の内金としての五〇〇万円の支払に当てられたが、その余の金額ならびに前記(2)ないし(6)の融資金はいずれも大栄産業株式会社の第二会社的な会社で役員も同じ日本興業株式会社の運営資金に使った。しかし関係会社への右貸付金の金利は現実にはとっていない。

被控訴人としては調停打切によって、控訴会社の方から地代の支払につき、何か言って来るかと思っていたところ、何の音沙汰もなかったので、前記のとおり、昭和二九年一一月六日付内容証明郵便で一週間内に滞納地代の支払の催告と支払わない場合には契約を解除する旨の意思表示をなした。

以上の事実が認められる(但し右のうち、本件宅地は戦前土地区画整理がなされたこと、被控訴人と松室と甲第一号証の契約を結んだこと、控訴会社が賃借人の地位を承継したこと、控訴会社が本件宅地上に建物を建築所有していること、本件宅地の地代は当初坪一五円で、昭和二四年六月以降二五円〇一銭に値上げされたこと、昭和二五年八月以降の地代につき、両者に話合がつかず、控訴会社の申立により調停が係属したこと、調停中、地代家賃統制令適用地四、適用除外地六を割合とする合意ができたこと、原判決添付第二表記のとおり順次第一期ないし第五期の地代につき一応の合意ができたこと、調停中に控訴会社が甲第四号証の差入証書を差入れたこと、甲第五号証の中間調停調書ができたこと、控訴会社が原判決添付第六表記載の金銭を支払ったこと、右調停は結局不調に終ったこと、その後滞納地代の催告と条件付契約解除の意思表示がなれされたことは当事者間に争いがない)。

右認定の事実よりすれば、第三国人をも含んだ闇商人による土地の不法占拠を防ぐことも本件宅地の賃貸借契約締結の動機の一つにはなっていたが、本件賃貸借をもって、控訴人主張のように通常の利害対立者間の契約ではなく、損益共同の企業としてのものである、とは認められない。

また右認定のごとき調停の経過よりすれば、借家人との家賃値上げ交渉は借家人の数が多いだけに容易でないことは理解できるけれども、本件宅地を賃借して使用収益し、営利会社として貸店舗業を営む控訴会社が借家人に家賃値上の交渉をし始めたのは被控訴人より地代値上げの申入れを受けて二年半以上経過した後であること、その間家賃を徴収しながら地代は全然払わず、被控訴人からの度々の請求で昭和二八年四月から、最後の一年位の間に計九〇〇万円余支払っているけれども滞納地代の三分の一にも満たず、その間に一方では地上の建物を担保に銀行より約二、〇〇〇万円位の融資を受けて、これを関係会社に金利もとらずに貸付け、被控訴人が固定資産税の滞納のため苦境に立っていることを知りながら、滞納地代の支払につき増徴家賃の範囲内で一年ないし三年の分割払の案を固執して、それ以上に出なかった控訴会社の態度は被控訴人に対する関係で誠実な賃借人とは評価し難い。

したがって被控訴人から催告された地代を期限内に支払わなかったからと言って、賃貸借契約の継続を著しく困難ならしめる程の不信行為はなかった、との控訴人の主張は採用できない。

控訴人は催告にかかる七日間の期間は短かすぎると主張するが、本件調停の経過から、滞納地代がいくら位になるかは控訴会社には分かっているはずであり、調停打切りから催告まで二〇日近くも経過しているのであるから、七日という期間が短きに失するとは認め難い。

なお控訴人は被控訴人からの催告に対し応じなかったのは調停が不調になった以上調停の過程における地代の合意は未成立に終ったもので、地代はむしろ過払になっていると考えたためで、形成権の行使による値上げという法律効果を考え及ばなかったのは法律の専門家でない者には無理からぬことで、催告に応じなかったことを怠慢視することはできないと主張するが、≪証拠省略≫によれば、被控訴人からの催告状がきたとき、調停事件で控訴会社の代理人として調停に出頭していた木下弁護士、福岡弁護士が控訴会社に行き、相談を受け、対策を協議したことが認められるので、控訴人の右主張は前提を欠き採用できない。

控訴人は昭和三三年七月一八日に控訴人の主張する計算に基づく一三、三二二、八一二円を弁済供託したほか、被控訴人からの家賃金債権仮差押に対する控訴人からの決定取消請求事件で二回に計五、六二六、三九一円供託しているから、両者を合すれば控訴人に不履行はないと主張するが、控訴人が供託したのが被控訴人からの催告期間を過ぎて間もない時ならともかく、三年半以上経過して後であるから、既に生じた契約解除の効果を覆滅するに由ないものと言わねばならない。

以上の理由により、本件賃貸借契約は控訴会社が被控訴人よりの催告にかかる金員を催告期間内に支払わなかったことにより、昭和二九年一一月一三日限り解除されたものと認められる。

四、≪証拠省略≫によれば、本件宅地の昭和二九年一一月一四日以降の地代相当額は少なくとも別紙第九表記載のとおりであることが認められる。

五、よって控訴会社は契約解除に基づく原状回復義務の履行として、本件宅地上の建物を収去して、右宅地を明渡すべき義務があり、契約が解除された日の翌日である昭和二九年一一月一四日以降右明渡済みに至るまで別紙第九表記載の金員を不当利得金として被控訴人に支払う義務があるので、控訴人に対し、本件宅地上の建物を収去して土地を明渡すべきことを命じ、契約解除後明渡済みに至るまでの不当利得金の支払を命じた原判決は相当であって本件控訴は理由がない。

また被控訴人の附帯控訴に基づく不当利得金額の請求の拡張部分はその理由があるので、これを認容すべく、原判決を右の限度で変更することとする。

被控訴人は仮執行の宣言の申立を記載している被控訴人提出の昭和四三年一一月三日付請求の趣旨拡張の申立書を陳述していないので同申立がなされなかったこととなるが、当裁判所は民訴法一九六条に則り職権を以て仮執行の宣言をすることとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 入江菊之助 裁判官 道下徹 裁判官中村三郎は退官につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 入江菊之助)

〈以下省略〉

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